考えてみたら不思議な駅である。駅前ロータリーに、町で一番、二番の飲食店が揃っているなんて。大磯駅くらいかもしれない。
松月
明治36年創業の料亭。伊藤博文の料理長が開き、100年以上の歴史を持つ。
駅前という立地には不似合いな、平屋の品良くすっきりとした和風建築だ。
入ると旅館に来たようなよい木の香りがする。防音が施されているのか、線路沿いだと思い出させるような音が聞こえてきたことが一度もない。
夜は6万円までコースが用意されているが、昼は三千円台で月替りのミニ懐石を味わうことができる。
先日何度目かにうかがったとき、最初に出てきたのは、赤貝、白身魚、菜の花、ウド、アサツキなどを出汁がメインで酢はわずかな酢の物に仕立てたもの。なんて春を感じさせる上品な味付けなのか。
鯛とまぐろの赤身の刺身には、たしか木の芽を乾燥させて水で戻した茶色い海藻のようなものが付いていた。それは無味無臭なのだけど、ただでさえモチモチとした食感の美味しい刺身の価値がまた一段階引き上げられたように感じた。
香りが個性的な国産レモンでいただく白魚の天ぷらや、とろみのついた治部煮もちょうどいい塩梅。
気に入っているのは、湯呑みのように細い器に入った、お味噌汁。いつも限りなく小さく切った豆腐が入っている。うすい豆(翡翠豆)の美しいごはんや、三種の漬け物と共にいただく幸せ。
最後に出てくるあんみつは、付け合わせの質が高い。いちごやオレンジ、りんごといった果物は身がしっかりして甘く、上にちょこんと乗ったつやつやの黒豆は口に入れると柔らかくて深い甘味。
すべてがそういった細部まで神経が行き届いた料理で、価格以上の価値がある。
料理が出てくるタイミングも無駄なく早すぎず、ちょうどよい。
大磯が誇る名店だ。もうひとつミシュランの鰻屋があるけれども、高いばかりでおいしいと思えなかった。
大磯迎賓館
松月とは遠い面にある大磯迎賓館は築100年以上の立派な洋館。
イタリア人らしき料理人もいて。窯で焼くピザは絶品。コースもまずまず。
なにより、海がみえる美しい空間は、凛としながらもリゾート感が心地よいのだ。
どちらのお店にも、夜こそ行ってみたいものだ。