他で書いたのだけれど、ロンドンに来て3か月、憎悪の感情を向けられたことはなく、避けられることもなく、自然体で過ごしている。
ただ9月のはじめに、これはひょっとしてアジア人差別では?とい感じることがあった。コロナ起因のものかは分からないが。
バス運転手の思いがけない依頼
それはノース・グリニッジというちょっと中心部から離れた大きな駅でバスに乗ったときのこと。
私は次の宿泊先へロンドン大横断しての移動中で、スーツケース2つ+バッグといった大荷物だった。
夕方でバスが遅れるなか、やっと乗れたという気持ちで、私は、車いすとベビーカーの優先席に指定されているスペースでスーツケース2つを抑えながら立っていた。
いくつ目かのバス停で停車したとき、ベビーカーの黒人女性が待っているのが見えた。
運転手が席を離れて歩いてきたと思ったら、私に声をかけてきた。マスクをせずに至近距離で話をしてきた。黒人の運転手だ。
「このスペースはベビーカーが優先です。2人ともここにいるとソーシャルディスタンスが保てないので、すみませんがバスを降りてもらえませんか。すぐに次のバスが来るので。」
私は驚きつつ、後部座席を見た。ところどころ空いているけれど、スーツケース2つをもって座れる席は無さそうだった。
ベビーカーが優先と言われたらそうなのだろう。ベビーカーの移動は大変だし。
でも、私は先に乗車していた。
そこで、黒人の客だから優遇しようとしているのではないかと考えた。
しかも、すぐに次のバスが来ると言われたけれど、そうでもないのをアプリを見て知っていた。このバスも遅れて来たし、私は疲れていたので降車したくなかった。
この国ではひょっとしたら運転手のやり方が正しいのかもしれないという考えもよぎり、でもやっぱぱりおかしいと思ってムッとしながら降りようとした。
すると、近くにいた白人女性が「ここに座ればいいじゃない!」と声をかけてくれた。そして私のスーツケースを座席に押し込んで、自分は少し密な席に移っていった。
この女性に深く深く感謝しつつ、運転手に対しては納得のいかない気もちでいっぱいになった。
そこで、ロンドン交通局にホームページのフォームからクレームを入れた。
ロンドン交通局からのお詫び
数日して届いた返事には、次のようなことが書いてあった。
「1人のドライバーのそのような不適切なふるまいを大変申し訳なく思います。」
彼の行動はロンドン交通局のポリシーに従ってのものかと抗議+質問したことに対しては、
「これは、私たちが期待する態度でもふるまいでもないし、私たちの定める規範に基づくものでもありません。」
という返事だった。そして、
「車いすとベビーカーが優先なのは確かなので、ソーシャルディスタンスを保つために、ドライバーはほかの乗客たちに(私の)スペースをつくってもらえるよう依頼すべきでした。いずれにしても、降車を依頼すべきではありませんでした。」
と書かれていた。バスの運転手を管理している運営会社(別会社であるというのは私には新事実だった)に連絡してドライバーを割り出して注意します、といった対処法にも触れていた。
私は、自分の感覚がおかしくなかったと分かったのでこれを読んで安心したのが一番強い感情だった。
そしてこの出来事があった2週間後、またスーツケースを持ってバスに乗ったとき、席を迷っていたら、今度は黒人の若い女性が私の重いスーツケースを持ち上げて、一段高くなった席に座るよう誘導してくれた。
そのとき、まだ心の中に残っていた小さな傷が癒されたように感じたのだった。